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年男放談
本年「乙酉」の6度目の年男を迎えた。これまで年男を実感として考えたことはなかった。
昨年11月末、1歳年上の藤井克己さんが他界された。昨年のやろまいか年男放談で「もう一度だけ「年男」になりたいと切なる願望も空しく。ついこの前あんなに元気だったのに、人生のはかなさを新めて実感したものである。簡易生命表によれば72才の平均余命は12.5年あり、約半数の人は次の年男を迎えられる。私も是非そうありたいものと切望している次第。念願が叶うかどうか、「神のみぞ知る」である。
私の好きな詩にアメリカの詩人サムエル・ウルマンの「青春」という詩がある。
「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。‥‥年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。年は70であろうと16であろうと‥‥希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる‥‥」
私もこの詩にあるように精神はいつまでも若々しく、残された短い余命を2倍にも3倍にも充実した生涯を送りたいものである。欲を云えば2020年の日本がどのような状況になっているか見届けて誰にも迷惑をかけず大往生できればこれにすぐる人生はないと思っている。
昔の人々の教え
「生かされて還暦感謝四方拝」愛知県立岡崎北高等学校定年退職。「人生70年、古来稀なり」と2003年古稀祝。2005年、酉年3月23日、おかげさまで、72才・誕生日を迎えます。
「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかわ」花王と呼ばれる桜でさえ、一夜の嵐に散ってしまう運命を負う。《朝に紅顔あって、夕に白骨となる》。
諸行無常の心と、それ故に今日を大切に生きようとする心を教えてくれる道歌。(親鸞聖人絵詞伝より。)
「世の中にあると思うな親と金、ないと思うな運と天罰」「善きことは見ても聞きても悪しき事、見ざる聞かざる言わざるぞよき」「手習は坂に車を押すがごとし、油断をすれば、あとへもどるぞ」「ただ見れば何の苦もなき水鳥の、足のひまなきわが思いかな」
人々は、このような道歌を人世の指針として親から子へ、子から孫へと伝えてきた。
素直で真摯な心に学びたい。
『偶成』 朱熹
少 年 易 老 学 難 成
一 寸 光 陰 不 可 軽
未 覚 池 塘 春 草 夢
階 前 梧 葉 已 秋 声
(時間を無駄にしないように。自戒。)
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