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ここで「第九」とは、言うまでも無くベートーベン作曲交響曲第9番・合唱付のことである。岡崎では昭和43、47、48年にも第九の演奏会が行われていたが、何故か10年間途絶えていた。1983年(昭和58年)12月16日、市民会館で演奏名古屋フィルハーモニー交響楽団(名フィル)、合唱「岡崎第九を歌う会(合唱団)」により、いわゆる「第九」の響きが師走の岡崎の街を走り抜けた。これが2004年で22回となった「岡崎第九」演奏の幕開けである。
「岡崎第九」の第一特徴は、指揮者に世界的に有名な作曲家でもあり指揮者である外山雄三氏を迎えることができたことである。もう一つの特徴は合唱団が固定のものでなく、毎年新たに結成され、団員の顔ぶれが前年の3分の1入れ替わり、毎年練習が一から行われることである。しかし、指揮者は合唱団に対し年々新しい課題を出され、前年より音楽性の高い演奏を求められて来た。
私は第一回の演奏会から合唱団に参加した。これには、中学校で音楽を教えて頂いた野口功先生の感化を強く受けたものであり、今更ながら野口先生に感謝している。先生の授業を受けたことが、高校・大学時代に合唱団に参加し、また、クラシック音楽に惹かれるようになった。NHK交響楽団が年末に演奏する「第九」をラジオで聴きTVで観て(聴いて)、器楽演奏のできない私は、せめて歌うことができたら良いなと思うようになった。そして、ある日「岡崎第九を歌う会」の団員募集を見て直ぐに申し込んで22回を数えるに至った。
「岡崎第九」が22回続いたのは、多くの市民の皆さんの理解と物心両面に亘るご支援を頂いたからである。殊に、昨年(第22回)演奏会では、岡崎RCの皆さんの絶大なご支援を頂きました。心から御礼を申し上げます。
UFJ銀行岡崎支店 支店長
加藤 元
我が家は4人家族ですが、実際はこの7年程私が単身赴任を続けていて、単身世帯、妻と子供の3人家族と分けて言うのが正しいかもしれません。それでも私が週末に自宅で家族と楽しく過ごせるのは家内のおかげと感謝しています。前置きはこれぐらいにして私の家族は、妻、長男 21歳 大学4年、次男 17歳 高校2年、それと私の4人です。
ご紹介する写真は、インドネシアバリ島で撮ったものです。この旅行は私がインドネシア駐在時に家族をインドネシアに呼んで新年をバリ島で過ごしたときのものです。この旅行は、旅行中の楽しかった思い出よりも家族が帰国後にとんでもないことが起きたことでとても印象に残っています。
それは、バリ旅行を終え、私はインドネシアに残り、家族は日本へ帰国、次男が帰国した日の夜に下痢と高熱で痙攣を起こし救急病院へ運び込まれたことです。原因は、バリ島の食べ物で、私は何事も無し、家内と長男はおなかが少し痛むかなと思う程度でしたが、当時小学6年だった次男は抵抗力が無く大当たりしてしまったということです。後でわかったのですが結構感染力の強いO何某という菌ともう一種類日本では珍しい菌が出てきて、医者が一体何を食べたのかと驚いたほどです。幸い、家内の機転で手当てが早く大事には至りませんでした。
さらに、問題は私の対応でした。家内から夜中に次男の緊急事態について電話が入ったのですが、私はインドネシアに居て緊急事態の内容も理解せずボケた頭で「Tida apa apa.」とインドネシア語で「大丈夫、問題無いよ」と答えたものだから大変なこととなりました。どうなったかは皆様の想像に任せます。
これはほんの一例で、我が家は子供たちを中心に何かが起き、留守がちで何事にも大雑把な私と細心の注意を払う家内と試行錯誤、時には喧嘩もしながら問題解決に奮闘しています。
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