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SAAはSergeant−at−Armsの略です。Sergeantとは軍隊の階級で「軍曹」に当たります。またArmsは武力とか戦争を意味します。従って、SAAは「戦場における軍曹」ということになります。英国では元来、王室と議院(下院)で慣用語としてSAAは使われ「守衛官」を意味していましたが、日本のロータリークラブでは「会場監督」と呼んでいます。例会をはじめとする全ての会議(国際大会、国際協議会、地区大会、地区協議会など)が、楽しく、秩序正しく運営されるよう、つねに心を配り、気品と風紀を守り、会合がその使命を発揮できるように設営、監督する責任を有する人で、クラブの会長、幹事と並んで役員としての地位が与えられ、極めて重要な存在であります。しかし一人ではあまりに負担が大きいので、会場委員会が設営され、数名の委員がSAAを補佐しています。
俗に「鬼軍曹」とも呼ばれますが、それは全ての会議はSAAの指示に(たとえ会長でも)従わなければならないからです。会議のプログラムは事前に会長、幹事、担当委員長などの協議により作成されるのですが、一旦会議が開会になれば、SAAの指揮下に入ります。会合の楽しく、秩序正しい進行に支障をきたすような言動とる者に、私語を禁じたり、退席命令を出したり、会場の扉の閉錠命令を出すことができます。例会を早退する場合もSAAの許可が必要です。

今に残る「備前屋」の写真
明治42年頃の店鋪を改築した時の記念写真です。真ん中のカンカン帽子を被っている若い人が私の祖父です。この時代の自転車はスタンドがないのでサクに突っ込んで倒れないようにしてあります。又、厚司(ユニホーム)を着ている少年達は小学校を出ると小僧や子守(女子)として奉公に出されます。「滋養菓子ーあわ雪」「発明元祖ーきさらぎ」「是の字饅頭」の看板は住持を忍ばせ明治が遠くなったことを感じさせます。
当時の住所記録を見ますと「三河国(三河県)岡崎町」「額田県岡崎町」となっており、明治4年に廃藩置県が施行されてから、愛知県となるまでかなりの時を要しました。(中野敏雄)
岩附辰治
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編集後記
やろまいか“Let’s try, shall we?”英訳は味がないねぇ。毎月号表紙にも趣向をこらしてトライしているのだが……今月は備前屋(中野敏雄さん)の老舗の写真を提供していただき感謝。全国から集まったMoggy(モーガン乗り)たちの会で備前屋のアワユキを振舞ったら、絶妙な風味に絶讃を博しました。
毎号、執筆原稿依頼に積極的にご協力いただき改めて感謝申し上げます。 (上原 哲郎)
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