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私は昭和10年の亥年生まれ、72歳になろうとしています。岡崎生まれで、大学も岡崎出身です。年令の実感はないのですが、近頃やはり月日の経つのが早く感じられ、過去を振り返る機会が多くなりがちです。
先日、NHKテレビで、作家なかにし礼さんの話を聞きました。「チャンスは流れ星のように、ピユンピユンいっぱい飛んでいると思う。それを的確につかむには、チャンスを感じとる感覚や反射神経、そして敏速につかみとる勇気のようなものを磨いていなければならない。感情をむき出しにしてでもきっかけを探していないと、チャンスというものはどんどん通り過ぎていってしまう。」
この言葉を聞いて、「チャンス」とか「運」とか、また「猪突猛進」とかの意味を考える機会を得ました。亥年生まれを身近に感じたということ
でしょうか。今年も、さらなる生き甲斐を見つけなくてはと思います。

私は富山県新湊市の生まれでして、実家は、小さな八百屋さんを営んでおりました。私はその8人兄弟の末っ子として母親が42歳の時に生まれ育ちました。
新湊市は人口約3.8万人の漁師町で、食卓に魚が出ない日は一度もないくらい魚の好きな町です。
富山湾に面して寒ぶりで有名な氷見市がありホタルイカ、蜃気楼の見物で賑わっています魚津市、滑川市もこの富山湾なんです。そんな町で18歳まで学校に行きながら八百屋の手伝いをしていましたが突然、8月に父が他界してから人生が変わりました。
それから20年、縁あってこの岡崎の地に足を踏み入れ、右も左も解らない第二の人生が始まりましたが、そこには沢山の人達の出会いがありました。1989年3月には岡崎商工会議所に青年部が発足しこの会での勉強が私の今までの人生の中で一番充実したものと思っています。
今思い起こせば、日比谷さん、深田さん、蜂須賀さん(後にRC推薦者)服部さん、小原さん、古澤さん、等々の方に指導を受け岡崎の文化会議の進め方、商売のあり方など勉強させて頂きました。
そんなある日、蜂須賀さんが会社に来社され、クラブに入りませんか?との問い合わせに何のクラブかも聞かないで「いいよ!」と言ったのが「まさか」の岡崎ロータリークラブでした。それまでロータリークラブの存在さえ知らない私には気楽なものでした。
ところが、会社の近くの喫茶店にRCの岡野さんが私の評判を聞きに見えたことを知りとても緊張したのを今でも思い出されます。
平成4年8月12日入会を許して頂き名鉄ホテルの事務所に12時に行きますと、そこには深田三太夫さんと中根比呂志さんがお見えになり、深田さんは扇子で扇ぎながら「君か、今度入会するのは」の一言が震えが来るくらい緊張したのが今から15年前でした。
52歳でおじいちゃんになり、今では4人の孫たちが毎週火曜日と金曜日に来るのが今一番の楽しみになってしまいました。富山にいる母親もこの1月5日で101歳の誕生日を迎えました。私もようやく還暦。まだまだ、頑張らなくてはと思っている60歳です。
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