

7回目の子年を迎え来し方を振り返ってみる。第1次世界大戦後の世界恐慌の最中に起きた関東大震災は日本を深刻な不況に陥れた。翌大正13年に私は東京で生まれた。5歳の頃家の近くの銀行が倒産し、銀行は怖いと思った。小学校入学の昭和6年に満州事変が勃発し太平洋戦争へと拡大した。大学入学の昭和20年に戦争は終わったが、学生生活は食糧難のため飢餓との戦いであった。世の中が平和になると科学技術の進歩は目覚ましく、今ではスイス在住の息子家族と居ながらにパソコンで交信している。

暮れの報道によれば、男性の平均寿命もほぼ79才に近づいたとか。7度目の子年を迎える男にとっては、あと7、8年と云うことです。
戦中・戦後から今日へと激しい変動の中で過ごさせてもらい、得難い体験も数々ありました。
「ねずみ」はこまめに動きまわることが取柄、幸いにもお授けいただいている健康に心から感謝しつつ、精一杯努めて行きたいもの。
年寄りの冷や水になりかねないが、出来れば少しでもご恩返しをと願う新年です。

子年の私は4月の誕生日を迎えると満72才になります。3年半前に甲状腺癌を手術しましたが、お陰様で元気に過ごさせて頂いております。
食事も美味しく食べられるし、月に1、2度のゴルフにも楽しく行けるし、夏になれば好きな鮎釣りにも出かけられるし大変喜んでいます。
今年の運勢を見ますと「関ヶ原の合戦以来、築城4百年を数える名城が今なお現存しますが、それらすべて幾多の補修がなされて来ております。今年は人生という心柱を点検すべき年」であるそうです。
私は家業である酒造業を6月末で廃業し、人生の点検作業に入るつもりです。そして息子(三男)に跡を継がせて余生を送る初年度が今年であると思っております。
ロータリーでは親睦委員会に所属させて頂いておりますが委員会のメンバーに迷惑をかけない様努力するつもりでいますのでよろしくお願い申し上げます。
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